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「一瞬の夏」の終わり 2

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そのノンフィクション小説は、主人公のボクサー「カシアス内藤」がいかにして因縁の相手「柳済斗」との再戦を果たすか、あるいは果たせないのか、という内容のものでした。

 

そして著者である沢木耕太郎が一役を買って、そのマッチメイクに奔走するというものです。

 

自分で言うのもなんですが、根が素直で感化されやすい、感受性が非常に豊かな僕はその時、本に影響されて「こいつを使って一儲けできるかもしれない」と妄想し(小説は「儲け」とは関係ない非常にドラマチックな秀作)、

「じゃあお前がチャンピオンになったら俺をプロモーターにしてくれよ。なっ」

などとハゲきったことをジムに向かう車中で発言したのを覚えています。

 

ちなみにそのジムは車でないと行けない僻地にあり、立地だけでなく外観も中身も非常にヘボく、「あしたのジョー」に出てくる初期の方の「丹下ジム」クラスのオンボロで、最も重要なリングでさえ、建物が狭すぎて本来のものより少し小さめに作られているというものでした。

 

そのジムに着くと、中は練習性が一人しかおらず、50絡みの体のデカい「会長」が僕らを出迎えてくれました。

 

主役であり、アポを取った張本人のツレが緊張したまま微動だにしないので、その「会長」とのやり取りを代わりに僕が引き受けようとしたのですが、お互いの名を名乗る前に、何なら小さめのリングの違和感に気付く前に、僕は壁に貼ってある古いポスターに目が行きました。

 

そこには、ちょうどその時読んでいた「一瞬の夏」の重要登場人物「柳済斗」と、若かりし頃の「会長」が白黒写真の中でファイティングポーズを構えていました。

 

「あっ!これ、柳済斗ですよね。元世界チャンピオンの。柳とやったんですか?」

「お前、よく知ってるな。こんな古い選手」

「確かこいつ、カシアス内藤ともやってますよね」

 

と、非常にタイムリーな覚えたての知識を披露すると、「会長」は嬉しそうに「韓国側が主催した日韓戦みたいなもので」、「かませ犬として呼ばれた」ことや当時のマウスピースは「出来が悪くてよく口の中を切った」ことなどを話してくれました。

 

話が一息ついたころ、ピンポイントの知識しか持っていなかった僕をかなりのボクシング好きと誤解したのかは分かりませんが、少なくとも電話でアポを取った友人の方と誤解して

「じゃあ、〇〇くん(友人の名前)、今日から始めるか?」

と、嫌な予感がビシバシする質問を僕に投げかけてきました。

 

「いや、俺、〇〇じゃないです。〇〇はこっちです」

「あ、そうなの?まあいいや、で、今日から始める?」

「いやあ、今日はちょっと・・・なんも用意してないし・・・」

 

とヤンワリ切り抜けようとしましたが

 

「じゃあ明日からな」

 

と、アホ特有の強引さで迫ってきたので、基本的に人の誘いを断れない育ちのいい僕は、結局翌日から過酷な減量とトレーニングに勤(いそ)しむことになります。

 

「根性系」の最高峰、ボクシングを、付き合いと成り行きで始めるという辺りにも、我ながらダメなユーモアを感じました。

 

ちなみによくある話ですが、誘った方の友人は、通い始めて1か月経ったころ、初めてのスパーリングで痛い思いをして、以来ジムから姿を消しました。

僕は一人残されて、同時に「チャンピオンのプロモーターになる」という淡い夢も諦めることになります。

 

ちなみこちらはよく「ない」話ですが「会長」に関してもおまけの話があります。

 

ジムは基本的には夕方以降に開き、「会長」もその時間しか来ないのですが、シフト制でしばしば夕方以降に運送屋のバイトをしていた僕は、同じ状況の何人かのジム生と一緒に、特別に「会長」から鍵を預かって昼間に自主練をしていました。

 

ある日、若い女のコが一人、昼間に通い始め、何故かそれに合わせて「会長」も昼間も顔を出すようになり、そのコに付きっきりのトレーニングを始めました。

僕らに比べて明らかにミット打ちの時間が長く(というより昼間は僕らには全く教えてくれなかった)、終わった後は必ず一緒にジムを出ていきました。

 

「あれ、何だろな」

「知り合いの娘とかかな?」

「親戚っすかね」

 

昼間組の後輩たちと一緒に、2割くらいしか興味が無い会話をしたりなんかもしましたが、しばらく経ってから、そのコに対してのストーカー行為で警察に捕まり、新聞の地方版の記事にも載る、という離れ業を「会長」はやってのけました。

 

詳細は省きますが、そのいざこざの中で、「会長」は以前、白タクを流していて「ジャンボ」という通り名で呼ばれていたロクデナシであったということも、バイト先のトラッカーづてで聞きました。

 

「会長」不在中、ジムは全員自主練状態でしたが、彼の知人らしき怪しげなオッサンがやってきて、「会長」は会長でもオーナーでもなく、何ならトレーナーとしての資格や経験、力量も怪しいただの元プロボクサー、ということや、このジムのオーナーは基本いい加減で、全部素人任せだということを知りました。(実際オーナーには一度も会ったことがありません。)

 

ちなみに知人らしきこのオッサン、頼んでもないのに要らない指導をしようとしたり、真面目にトレーニングに集中したいのに「ジャンボ」のことをボロクソ言って一人で盛り上がったり、要らないゴシップに花を咲かせようとしたり、全員に煙たがられていました。

 

「おまえ、その女(ストーカー被害者)に会ったことあるの?」

「はあ、まあ」

「いい女だった?」

「いや・・・ちょっとわからないっす」

「わからないって、会ったことあんだろ?」

 

女性の見た目を悪く表現できない育ちのいい僕は、やはり育ちの良さから嘘をつくこともできずに言葉を濁したのに、アホはそういうところに気付きません。

早く居なくなってくんねえかな、などと思っていたら、まあまあ早かった「ジャンボ」の釈放と入れ替えで消えてくれました。

 

あれ何だったんだろう。

「会長」の座を乗っ取ろうとしてたのかな。

 

とにもかくにも、釈放後すぐに金の相談をしてきた「ジャンボ」も含め、ボクシング界ってダメ人間の集まりなんだな、という偏見を持って、僕もジムを去りました。

 

逢魔時(おうまがどき)の西日に染まるジムの駐車場、蜩(ひぐらし)が夏の終わりを嘆いていました。

 

 

 

こんな毒にも薬にもならないことをわずか5分の帰宅中に思い出してしまったのは、やはりフットサルでの激しい運動による酩酊状態のせいだということにしておきます。

 

うー、左手首、まだ痛い。