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DubLog

     

世界でモテる男になるための暗記事項

ミートアップ 追憶 国際問題

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僕は女性の扱いが上手ではありません。

 

世の多くの不慣れな男性たち同様、「目が合った。あのコ、俺に気がある」に代表される、小さな偶然を大きな好都合にねじ曲げる力技の自己営業力がある一方、自分以外の全員が気付く、女性の好意のサインを実力で見逃す鈍感力が、その理由のいくらかを担っているかもしれません。 

 

前者の好都合の誤解は、行動に出ない分には自分が幸せになるだけなので、非常に費用対効果の高い、誰も傷つかない個性です。

 

後者の鈍感の方は、無知とはいえ女性の勇気を無下にしている分、いくらか後ろめたいものを感じます。

僕は「無知は罪だ」と思う種類の人間ではありませんが、学ぶことでお互いが幸せになれるのであれば、多少の努力も喜んでしたいところではあります。

 

「本質的には女心なんて男に分かるわけがない」という男女間の本質はまた別としても、日本人女性にすら、その接し方で苦労しているこちらとしては、違う国で生まれ育った女性の習慣や文化といったものに対する「理解」はもはや不能であり、何なら不要であり、むしろ「暗記」の方が効果と再現性の高い手段であります。

 

数年前のロンドン時代、まだ渡英して間もない頃、僕は英語学習を軸にした生活を送っていました。

週末は語学学校の同級生たちとパブに行くのがお決まりで、そこで各国の男女たちと恋バナに花を咲かせりもします。

 

ある週末、いつものパブでいつものメンツと「今まで経験した中で一番変わったセックスはどういうのか?」というどうしようもない下ネタを、(さすが南米人)コロンビア女子の発信でしていると、隣のテーブルから、クラスは別だけど話したことは数回ある、というスペイン人女性が、目が合うたびにスマイルとウェイブ(手を振る)を送ってきました。

 

実はちょっと気に入ってた女のコで、僕もそれに応えていると、何度かそんなことが繰り返された後に、彼女がこちらのテーブルに近づいて

「タバコ喫いに行かない?」

と尋ねてきました。

 

ヨーロッパの他の多くの国同様、イギリスではパブやレストランを含めた公共の建物の中では全て禁煙となっていて、喫煙者は喫意を催すたびに屋外に出なくてはならず、それに付き合わないか、という意味です。

 

ただし僕はノンスモーカーどころか、まあまあアレルギー反応を示すくらいの嫌煙家なので、素直に「ノー」と答えました。

 

そして僕のテーブルでは暫しの沈黙が起きて、彼女がパブの外に出たタイミングで、同席の男女ともが一斉に僕を責め始めました。

 

「あれはおまえを誘ってるんだよ!」

「女のコにあんなこと言わせて付いていきもしないなんてマナーがなってない!」

「こんなチャンス、おまえには二度と訪れない!」

 

特に女子たちが言いたい放題です。

 

その場には生徒のみならず、先生(男)もいたので「おまえも気づいたか」と尋ねると「当然」との返事の後に

「ノンスモーカーであることを伝えたうえで一緒に外にいてあげるのが常識」

と説教してくれました。

 

チャンスを逃したこちらとしては、必要なのは糾弾よりもむしろ慰めであり、

「くだらない文法とか教えてる暇があったら、授業でそういうこと教えろよ」

と理不尽をかましましたが、多文化のマナーを一つ「暗記」できたことに関しては感謝を見つけるべきかもしれません。

 

また、ブラジルから帰国した直後の二十歳からの二年間、後に良くない事件を起こしてテレビと新聞を賑わすユニークな会社に僕は勤めていました。

空港が職場のその会社は、各航空会社や入管の下請け的な仕事を扱っていて、その都合で何人かの外国人通訳者を抱えていました。

 

今の時代なら立派なセクハラかもしれませんが、当時、エレベーターに乗るたびに僕に腕を絡めてくる、三十路の中国人通訳者が同僚の女性にいました。

彼女は腕組み以外にも僕の髪の毛を触ったり、冗談か区別がつかないデートの誘いをしてきたりもしました。

 

ただ、二人きりの時のみならず、他の同僚がいるときも堂々と腕を組んでくるオープンさがあり、彼女とは他にも、パーソナルスペースの非常に狭い中国語通訳者がまたいて、一緒に歩いているとだんだん近づいてきて終いにはぶつかる、ということがよくあったので、これは中国人特有の距離感だと僕の中では判断していました。

 

よって僕の中での「開けっ広げでかなりフレンドリー」な彼女とは、そもそも既婚者だったし、同世代の日本人女性より気遣いなくしゃべれる分、いわゆるシニカルジョークにも簡単に手が出てしまったのですが、話の流れの中での軽いジョークのつもりで言った、

 

「おばさん」

 

の一言で、彼女の機嫌を非常に損ねて、一週間ほど口をきいてもらえなかったことがあります。

 

この時、「エレベーターの件は棚に上げて、これはこれでマジギレするのね」という不合理を感じてしまったのは、「腕組み」を始めとするその他諸々の「セクハラっぽいもの」によって積み上げられた(と勝手に思い込んでいた)信頼関係を無効にされたように感じたからかもしれません。

 

しかしこれは

「一度寝たくらいで彼氏ヅラしないで」

という有名句に表現される、粗野な男の「図に乗る」態度に似たものが僕にあったのかもしれません。

 

親しき中にも礼儀ありです。

 

ちなみにこちらは男性のケースですが、ブラジルでは「バカ」と発言して相手を怒らせたこともあります。

国によってキレるポイントが異なることをあの時、学んだはずなのに、似たような失敗をこの時も繰り返してしまったわけです。

 

日本では「バカ」と「おばさん」は、本物の「バカ」と「おばさん」以外には比較的OK。

「臭い」と「デブ」はタブー。

ブラジルで「バカ」はアウト。

中国人に年齢のことはダメ。

 

その時点でここまで学びました。

 

その空港の会社で、よく慕ってくれる韓国語通訳の後輩(日本人男性)が出来たときには、バイリンガルにはありがちですが、彼に色々な韓国語を教えてもらいました。

 

その時に教えてもらった口説き文句の一つ、

「僕のフランクフルトもどうだい?」(下ネタ)

をすぐさま、別の通訳の韓国人女性に使ってみたところ、立派に怒られましが、しかしこれはたぶん異文化とは別のジャンルの話です。

と、その後輩も言ってました。

 

そんな回想をしてしまったのは、先日顔を出したミートアップでウクライナの女のコと話をしているときに、自分の会話のぎこちなさに気付き、それが女性の扱いの下手さに起因しているのではないかと疑ったからです。

 

事実か誤解か誘導かは分かりませんが、メディアを通してさんざん「聞き上手がモテる」と洗脳されてきた我々日本人は、相槌とツッコミとなぞりにのみ、会話の成立と成功の素を探し続けてきたわけですから、しばしば訪れる会話の間を埋めようという努力はなく、あったとしてもその能力は微塵もなく、常に受け身のカウンタースタイルになります。

 

そのため、沈黙までとはいかなくとも、わずか1、2秒の間を埋める役割を、常にそのチャーミングなウクライナっコに任せていて、非常に申し訳ない気持ちになりました。

 

ただ、そもそも彼女の会話の内容が

「離婚して家を出て行ったパパに10年ぶりにダブリンで会って、現在ワンルームで二人で暮らしている」

という、なかなか肉付きのいいコンテンツだったので、気の利いたコメントをするのにいずれにしても苦労した、という側面もあります。

 

ロンドンに行く前、仕事を辞めてから渡航までに半年ほどの期間があったので、事情があって家族から疎遠になっている祖父に会いに行って一緒に暮らした、という家族孝行っぽい経験ならありました。

 

ただしこの心温まりそうな経験談のオチが「ケンカして2カ月足らずでじいちゃんに追い出された」というものだったので、彼女とパパの幸せな暮らしに照らし合わせるのは無礼ではなかろうかと躊躇してしまいます。

 

その当時流れていた某ファストフードチェーンのCMの「久しぶりの里帰りの孫のために、おじいちゃんがダッシュで孫の好物のフライドチキンを買いに行く」というシーンを見ながら

「これが世の『おじいちゃん』のあるべき姿じゃね?」

「孫がこんだけ可愛かったらな」

とやり合ったことも言いづらいです。

 

「成功は失敗の母」という人の積極性を促すことわざがあることは重々承知ですが、「傷の数だけ小さくなっていく」というスウィートな口説き文句に、我が身を甘やかしたくもなります。

 

よって、ダメな家族の暴露は、興奮気味の彼女の笑顔を曇らすのに値しないと思ったので、

「きっとパパの方がもっと幸せだと感じているんじゃないかな」

という返しを都合7回くらい使って随所に挟み、彼女が僕に飽きてくれるのを待ちました。

 

せっかく暗記のおかげで地雷を回避できるのだから、自分の会話の下手さを育ってきた環境のせいにしないで、次回からは女子受けしそうなロマンチックな話もあらかじめ用意しておきたいと思います。

 

ちなみに前述の「フランクフルトもどうだい?」の一件で、韓国女性の怒りと引き換えに、「韓国人は自分のナニのことを『唐辛子』と表現する」ということを学びました。

以来、この知識は韓国人男性たちと仲良くなるのに、非常に優秀な活躍をしています。

 

男どうしは一定の年齢までは下ネタで親しくなれる、というのは異文化間における世界共通事項の一つです。

 

それを知ってるおかげで、男友達を作るのには苦労していないことがせめてもの救いです。