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こいと朝日とキャッチボール

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先日、日本にいる友人から久しぶりに連絡が来ました。

再婚の決定を知らせる報告です。

 

同世代の友人は既にみんな結婚をしていて全員子供もいます。

唯一の独身仲間がいなくなる寂しさよりも先に沸いた感想は

いいなあ、アイツばっかり2回も

です。

あ、あとお祝いの気持ちも。

 

過大評価であろうことだとは思いますが、ちょっとした漫画を描けそうなアホたちと、そこそこの映画を撮れそうな反社会的な人間たちと、まあまあの小説を書けそうな男前たちが今まで知り合った人間の中に何人かいて、再婚の彼も、ちょっと気持ち悪いくらいに女性からモテてきた人物であります。

 

僕は少なくとも自分ではアホではないと思っているし、過去はどうであれ現在、反社会どころか教育者の端くれであることに鑑みると、類は友を呼ばないことは重々承知なので、自分が凡庸な人間であることに不満を述べる気はありませんが、人生に3回は来ると言われているモテ期が一度も来ていないことに対して、天からの配分に何かしらの不手際があったのではないかと疑ってしまいます。

 

“モテ期”の“期”は個人的には1年くらい、短くとも半年は欲しいところ、と思っているのですが、実際にはどれくらいの期間を指すのかはよく分かっていません。

そこいくと“モテ”の定義は、自分が相手を好きか嫌いかにかかわらず複数(多数)の異性(同性愛者の場合は同性)から好意を持たれること、で概ね合っていると思っています。

 

酒の席での口説き文句、あるいは繋ぎ文句で「○○ちゃんってモテるでしょ」というものがありますが、これに対しての返しとして、全否定のような体重の乗ったカマトトではなく、「でも好きでもない人からモテても意味がない」という、モテることに対して否定はしないが謙遜の姿勢を見せる、しかしモテてることを無意味と言い切る辺りに高飛車な態度が見える、まあまあ腹の立つ「ややカマトト」の返答があります。

 

仮に僕がモテているのであれば

「モテるよ。モテてモテて超ハッピーだよ」

と“好きでもない人”から好かれていることにも素直に喜びを表現して自慢することだと思いますが、相手に対しての感情が“好きでもない”という程度ではなく、「この人に好かれたらかなり不都合だな/ビビっちゃうな/面倒だな」というタイプの相手から好かれてしまった場合の反応が”意味がない“程度の平和にスカせるものではなく、まんまビビったり面倒臭かったり厄介だったりする、ということは知っています。

 

自分が思う「半年」程度続いたモテ“期”は経験したことはありませんが、かくいう僕も単発的にモテた、言うなればモテ“時”は経験したことがあります。

 

以前にもほんの少し触れましたが、僕はキャバクラのボーイを経て、新規開店のバーの店長をやっていた時期がありました。

 

説明するのも面倒臭いくらいのすったもんだがあって、場所と従業員とオープンの日は決まっているのに出資者がいない、という状況が出来上がり、知り合いの不動産屋の社長にお願いしたところ「おまえがマネージャーをやるならオーナーになってやる」という条件を出され、それを飲んで始まった仕事でした。

 

お金がないので開店前の内装工事の、電気、ガス、水道以外の全てを手作りで行い、何とかしてつくろったバー営業だったのですが、オープン後は、ほんの数週間在籍していただけのキャバクラの女のコたちがよく来店してくれました。

 

その中でも最も頻繁に顔を出してくれる女のコたちに一組の美人姉妹がいました。

そういう仕事をしているくらいだから見栄えがいいのは当たり前かもしれませんが、特に姉の方が美人で、当時20代半ばだった僕から見た30ちょいの彼女はえらく大人びていて、僕を含むバーテンダー達からも「ザ・いい女」的な扱いを受けていました。

 

草食系と言われて久しい、そして不倫や浮気に対しての反応が男女ともに魔女狩り的とも感じられるほど神経質な現代においての若者はどうか知りませんが、あの時代のメディアを通した流行とも思える、不倫や不特定多数の相手との性行為の乱発に対して寛容な姿勢どころか称賛があった風潮の中で、我々20代の健全な若者はよく「経験人数」を競っていました。

 

それと同様に、自分の好みは置いといて、誰もが憧れる「いい女」を口説き落としたら、ハクを付けたと認められて周りから崇められる、というのも自然な流れで、よく我々の間では

「あの女オトしたら『男五段』」

というような発言がされていました。

 

そしてその美人姉妹の姉の方も、我々の間で「男五段」の対象となっていました。

 

残念ながら僕の「経験人数」は今で言う草食系クラスのもので、「男」に関してもなかなかの白帯であったと認めざるを得ませんが、バーをオープンさせてから数週間が経ったある夜、一人で来ていた、姉とちょうど10コ違いでこちらは二十歳そこそこの妹の方から食事の誘いを受けました。

 

「シンくん、今度飲み行こうよ」

「んーでも、休みが無いからなあ」

 

実際にオープン直後で営業の仕組みも上手く作れていなかった頃であったため、彼女の誘いに対してそう返したのですが、そもそも水商売の基本「客に手を出すな」を口うるさく従業員たちに説いていたこちらとしては、色恋沙汰に発展する恐れのあるかわいい年下の女のコの誘いに乗るわけにはいきません。

 

いや、あれは客ではなく元々の知り合い、という都合のいい言い訳も脳をかすめましたが、となると知り合ったのは前職のキャバクラであり、ボーイとキャストという関係柄、こちらの方が問題ありです。

 

という背景ありきでの「休みが無いからなあ」でもあったのですが、そこはキャバ嬢、男を口説くプロでありますから、すぐに僕の特性を見抜き、僕が知る限り最も単純で簡単なオトし方、「押す」で僕をやりこめます。

 

「別に仕事の日でもいいじゃん」

「えー、夕方にはここに来てるよ」

「じゃあ、終わってからは?」

「終わるの朝だよ」

「いいよ」

「どこももう閉まってるよ」

「ファミレス開いてんじゃん」

「ファミレスで朝から飲むの?」

「ご飯だけでもいいよ」

 

かくしていとも簡単に「じゃあ決まりね」までこぎつけられて、「メシくらい、いっか」と、早速その日の仕事終わりの朝食デートの約束をして、店を閉めた後に僕の運転で近所のファミレスに向かいました。

そして助手席に座る彼女のきわどい短さのスカートから見える、太もものきわどい場所に入っている鯉のタトゥー、というよりも刺青をチラリと見ながら、彼女の昔話を聞きました。

 

男女問わず肉厚な人生を送ってきた、あるいは送っている人の話を聞くとその反応に困ってしまうことが多々あります。

 

例えば僕が過去に最も尊敬した上司の一人であった男性は、中学時代に、後に彼自身がお世話になる、いわゆるそういう団体に拉致をされたことがあるのですが、その時に腕のあちこちにタバコの火種を押し付けられたそうです。

根性焼きです。

 

両前腕、その火傷跡だらけなのですが、左腕にあるその跡が比較的まっすぐ並んでいるところを縦笛に見立てて、それらを右手の指で押さえて

「ピーピープー」

という形態模写ギャグを、酔うとすぐにやり出しました。

そしてもう少しばかり細かい経緯を知っていたこちらとしては、それに対しての反応は苦笑いが精一杯でした。

 

状況の種類としてはそれと一緒で、車の中で、そしてファミレスに着いてからも彼女の昔話を聞いていたのですが、彼女はその話中、僕が思いつく限りでは殺人と放火に次ぐ残酷な犯罪被害に、高校時代に遭ったことをサラリと話しました。

 

「チョー落ち込んだよ。しばらくご飯食べれなかったもん。しかも最悪なのは1週間後に学校に行ったらクラスメイト全員知ってんの、そのこと。そっちの方が最悪だったよ。ハハハッ」

 

乾いていたか湿っていたか、彼女はそうやって笑って散らし、その態度に同調できるほどの器を持っていなかった僕は、ただ黙って彼女を見つめました。

が、この時のみならず普段からよく笑う彼女の笑顔に屈託も陰りも見て取れなかったのは、僕が女性を観察する能力に欠けていたからではなく、彼女のその当時現在の人生はちっとも不幸でなかったから、と思いたいものです。

 

ちょうどこの少し前に別れたばかりの元カノに、僕と知り合う前にこれと同じ被害に遭ったことがあるという告白をされたとき、僕は会ったことがない加害者に対して激しい復讐心とそれが出来ないもどかしさを持ち、そして少なくとも彼女の言い分の中では「過去のこと」にしているそのことを勝手に思って勝手に悲しんでしまいましたが、元カノと同様、この「妹」も平然な「今」を生きている、少なくともそう見えるあたりに、男ではかなわない女性ならではの凛々しさを感じました。

 

とはいえ、この時の状況は夜勤明けのファミレスであります。

なんせまだ全然慣れていない仕事が終わった後のことでして、心情と肉体疲労は別物、僕は彼女の話を聞きながら、何なら食べ物を口に入れながら何度か寝落ちてしまいます。

 

それに業を煮やした彼女は僕を起こして、僕の家に一緒に行こうと言い出しました。

まだ理性が働いていた僕は、ひとまずの回避に彼女を連れて朝方の公園に向かいました。

 

そしてトランクから野球のグローブを2つ、軟式ボールを一つ取りだして、二人でキャッチボールを始めます。

確か時期は12月だったか、いずれにしても冬の朝の出来事でした。

 

そこから更に数年前の夏のことだったと思いますが、長塚京三が扮するサラリーマンが部下のOLと二人で、ビルの屋上なのかどこかの広場なのか、昼休みにキャッチボールをする、というウィスキーのCMがありました。

二人はボールと同様、少し離れた距離から言葉も投げ交わします。

 

「課長!今日飲みに行きましょー!」

「なんでー?」

「だって夏だもーん!」

 

ここまでならその当時でもよくある、何なら少し食傷気味の言葉運びの脚本ですが、「夏だもーん!」と同時に放たれたボールが「課長」の顔の真横に構えられたミットに収まり、「バシッ」という少し大きめのキャッチ音と同時に顔をアップで映すという手法が、少なくとも素人目線で見た当時の僕からは新鮮に感じられました。

アップで映る「課長」も、さすが名俳優、シリアスから戸惑いを差し引いた、何とも上手にくだけた表情です。

 

そこから場面が変わって、薄暗いバーで二人で飲んでいるシーンになるのですが、ファインプレーはOLの方、

「この一杯飲んだら帰るぞ」

という長塚京三に対して

「はい」

と答えた返事が「夏だもーん!」とは別人のような声色で、科や嬌態のような作為よりは品があり“カッコいい”よりはか弱さのある、色気を帯びた態度に恋心を感じさせ、前述のとおりその当時は「不倫だ浮気だセックスだ」が世の風潮であったにもかかわらず、それと一線を画した物語がそこには見え、世間の男女間に対する態度に辟易していた僕は、作り手の姿勢に美徳とか美学とかを感じました。

 

と言うことを思い出しながらのキャッチボールだったのですが、残念ながら僕は長塚京三のようなナイスミドルではなく20代の若造で、相手もOLではなくキャバ嬢で、昼休みでなく早朝であり季節は冬であり、かなりの鋭角で射す朝日の眩しさと気温の低さが大きなストレスで、更にはノーコンの彼女が投げてアサッテの方向に飛んでったボールを僕が何度も取りに走る、ノーコンでない僕が投げるボールを後逸した彼女が何度も取りに走る、ということを繰り返してさすがに嫌になり、ロマンチックを期待したコミュニケーションはものの5分で終了となりました。

だって冬だもん。

 

ひとのことは言えませんが、僕の友人、知人はどうも素直に悲劇のヒーローやヒロインに納まることが出来ません。

この手の人間同士の恋歌も望み通りのバラードにはならず、浪花節にコミックソングが混ざったようないびつな旋律に結実してしまいます。

 

でもこれは、きっとありがたいことなんだと思います。

涙になんか、真似できないことなんだと思います。

 

 

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