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DubLog

     

でも好きでもない人にモテても意味が無いじゃないですか

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結論を言うと、良くも悪くも遥かに「好きでもない人」以上の存在であったこの「妹」とは結ばれなかったのですが、その理由としては、まるで太ももの鯉に何かを願掛けしていたかのような重量感あふれる彼女の生い立ちに、別に気後れしたからでも面倒や厄介を感じたからでもありません。 (こいと朝日とキャッチボール - DubLog)

 

純粋にその時の僕は「男五段」の姉の方に惹かれていたからであります。

 

前述のとおり当時30代前半だった彼女はちょうど僕の5つ年上で、以前「世代というものは大体5年間隔で区切られる」という旨の記事を何かで読んだと申しましたが(他流の「いい男論」 - DubLog)、実際に彼女との世代間ギャップを会話の中で何度か感じていました。

 

年代の新旧に比例して度合いが変化しているものの分かりやすい一例として、社会がどれくらい窮屈になったか、というものが挙げられますが、運転免許を始めとする資格に携わる何かが改変されるとき、ほとんどの場合において厳しい方に変わるのと同様、大抵のことにおいては昔に比べて今の方がより神経質に基準を設けたうえでの監視、検閲、管理、処罰をしています。

 

くだけた言い方をすれば「昔の方が緩かった」、そして「昔の方がワルかった」です。

 

例えばバブルに間に合わなかった我々氷河期世代の青春時代のワルは、言っても木刀や警棒を持って他校にみんなで殴り込みに行くくらいのものでしたが、5歳上のギリ、バブルに間に合った世代は、校舎の廊下をバイクで走っていた、というドラマでしか見たことが無いような話を当たり前のようにします。

 

そこから更に5年、10年と世代をさかのぼっていくたびに世界観を想像しづらくなり、彼らの会話の中ではケンカやバイクでの死人がしばしば出てきたりもします。

 

僕はボクシングを付き合いで始めた、熱意に欠けるボクサーであったことを過去の記事で告白しましたが(「一瞬の夏」の終わり 1 - DubLog)、同様に糸東流空手と松濤館空手を、別々の時期にではありますが、ともに付き合いでやっていたことがあります。

誘いを断れない、消極的な格闘家です。

 

その二つの内、先に始めた方、糸東流空手を指導してくださった師匠は僕よりも20は年上に見えた人物でありましたが、彼の学生時代、学校同士の抗争が電車内での派手な乱闘事件を招き、三面記事に載った挙句、お互いの学校の校長の依頼及び立ち合いの元、「番長」どうしのチャンピオンシップが行われたそうです。

 

番長であった彼は見事、相手の番長を倒し、ケンカの後はレッツダチ公よろしく、二人で酒を酌み交わしたらしいのですが、僕ら世代のあるあると大きく違うのは、彼の場合は正座させたお互いの校長を横に携えて、その二人の校長の支払いで飲んだ、というところです。

 

おとぎ話のような話ですが、後にバーテンダーという職業柄、たくさんの暴力のプロと出会う中で、それでも彼以上に刀傷、向こう傷の場数感の溢れる悪人面の持ち主に出会ったことが無い事実に鑑みると、これらの話も素直に腑に落ちるものです。

 

話が広がりすぎました。

 

僕らが「あの女オトしたら『男五段』」と称賛を送る女性にはある程度共通事項があるのですが、前回述べたとおり「誰もが認めるいい女」でありますから、オトしづらさと同時に多少のベタさが求められます。

大ざっぱに表現すれば「クールで男に媚びない峰不二子」といったところでしょうか。

 

「クールで男に媚びない」は男側からしてみれば「近寄りがたい」になるわけですが、その近寄りがたさの「根っこ」に関しては各々の「峰不二子」の個性によるところがあります。

 この美人姉妹の「姉」に関して言えば、それは「元ヤンキーであろう臭」でありました。

 

ある夜、普段はセットでの来店がほとんどの姉妹の、今度は姉の方が一人で訪れます。

 

他の客がほとんどいない平日の早い時間帯のことで、部分的ではあるものの、おそらく初めて二人きりで話したのがその時で、カウンター越しで当たり障りのない話から始めました。

 

間を埋めるためだけの一連の流れで、元ヤンであったかどうかを聞いたときには

「だって私らの時代は全員そうだったもん。それか超真面目の気持ち悪い感じのか」

と、悪びれることなく認め、それに対して僕は、彼女と同い年だったマジメっこの我が姉が「気持ち悪い感じの」に類別されてしまったことに同情を覚えました。

 

そしてやはりこれも会話の常套パターン、僕の「付き合ってる人いるんですか?」に対して「いない」と答えた後、彼女は元カレの話を始めました。

 

「もう結構経つ」元カレとの別れは死別だったそうです。

二人で行った旅先の旅館で、そこが山中だったため、もともと弱かった彼の器官に気圧の変化が悪い影響を及ぼしてしまったのか、呼吸困難に陥り、搬送先で死亡を告げられたと言っていました。

 

「私、わんわん泣いてさあ。お互いの親も公認の仲で、結婚も考えてたからさあ」

 

彼女の妹の過去の悲劇の告白時同様、僕は見つめることしか出来ませんでしたが、彼女は続けます。

 

「で、葬式でも散々泣いて、一段落ついたころに相手のお母さんから連絡があってね。『息子の荷物を整理したいから来てくれないか』って。

で、一緒にやったの、お母さんと。

そしたら知らない写真が出てきてさあ。それが他の女との浮気写真なの。馬鹿だからご丁寧に日付が入っている写真でさあ。それがまたボロボロ出てくんのよ。お母さんも先にチェックしとけって話だよねえ。

お母さんもシドロモドロになっちゃって『あら、何かしらねえ。昔の彼女の写真かしら、やあねえ』ってごまかそうとしてるんだけどダメなの。だって日付入ってるから。

それ指摘してやったら『まったく、あの子ったらやあねえ』だって。

『やあねえ』じゃねえっつーの!

おまえの息子だっつーの!

私、ダブルでショック受けちゃってさあ。もう「死ね!」って。もう死んでるんだけどね」

 

さすが姉妹、「妹」の告白時の誘い笑い同様、「死ね!」あたりにこちらの笑いを求めている感は少なからず感じられましたが、申し上げたとおり生まれもも育ちも中流階級の脆弱なバックグラウンドしか持っていないこちらとしては、誘いに乗ってその自虐ネタを笑ってあげる生き様は当然持ち合わせてはおらず、眉をひそめたまま

「大変でしたねえ」

とだけ返しました。

 

そしてワンパターンのように「いい男いないかね」という流れになるのですが、それに対する返答句、「誰か紹介しましょうか?」と尋ねたところ、まぐれなのかファインプレーなのか、それとも酔狂なのか

「シンくんがいいんだけど」

と彼女に言われました。

 

急な告白に驚いて、かつ真っすぐな要求と真っすぐな視線に気おされた青二才の僕は、追いつめられたネズミのように、しかし猫を噛まず、こういうことに慣れていないことがバレバレのダサい返し、「あらまあ」とだけ言って笑って濁すのが精一杯でした。

 

しかし、その濁しを試みた曖昧な薄ら笑いに巻かれてくれる気配はなく、そしてホステスのくせに僕を泳がすことさえもさせてくれず

「いや、私マジなんだけど」

と駄目を押します。

彼女のグラスは確かまだ一杯目で、酔ってはいなかったはずです。

 

しかし僕は

「自分で言うのもなんだけど正直お勧めできない」

と言って丁重にお断りしました。

パニクったからではありません。

 

「妹」同様、遥かに「好きでもない人」以上の存在、それどころか「憧れの人」だったのですが、実は話を聞くうちに、肉付きのいい彼女の人生経験や背景に、面倒や厄介こそ感じなかったものの、しかし「妹」の時とは違って、気後れをしてしまいました。

 

早い話がこの女性の人間力のようなものに圧倒されたのであり、見事にイモを引いたのであり、つまりこの話中に僕にとっての彼女は、ただの憧れの人から更に遠い存在の人へと変化してしまったというわけです。

 

結局、自分自身の男としての魅力の無さ、自身の無さが、二人の間にある不釣り合いを、あるいは当時はまだ聞いたことも無かった言葉、「格差」を感じ取ってしまったのですが、少し珍しいケースではあるものの、憧れから恋愛感情に移行する前に逆に突き放された感覚を持ってしまったがゆえの、これも一種の失恋であります。

 

相手からしてみても、通常のように自分の嫌なところや許されづらい部分を知られてしまっての失恋ではなく、むしろその反対、いい女すぎてフラれてしまった、というケースであります。

 

毒にも薬にもならない「好きでもない人」とのやり取りであれば、「意味が無い」とカマトトぶることも高飛車になることもできますが、「そうでない相手」の好意に対しては「そうでない」反応を持つことを知り、同時に最低な身の程についても少し学んだ出来事でありました。

 やはり「男五段」はそう簡単なものではなかったということです。

 

そういえば空手を習っていたと言いましたが、それの二つ目に習った方、松濤館空手をやり始めてから数か月したころ、その時の師範に言われて昇級試験を受けに行ったことがあります。

「男五段」からさらに4年ほど遡った時期のことで、8級だかそれくらいの、受ければ誰でも受かる試験です。

 

僕もその例に漏れず合格の通知を受けたのですが、昇給と同時に登録が必要で、それにかかるわずか2000円程度の費用が払えず、そのまま昇給を拒否した記憶があります。

 

「準備が出来ていないなら挑むんじゃない」というマナーをその時に学んだにもかかわらず、反省も改善もせず、後の「昇段試験」で過去の学びをただの「暗示」に変えてしまったという、心の中での、ではありますが結局マナー違反のお話です。

 

非モテだった原因がよく分かります。

ダメなモテ自慢しか持っていないのにも納得できます。

 

唯一救われるのは、この話、僕以外は誰にも罪がありません。

 

 

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