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DubLog

     

魅惑のアジアンビューティー 2

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えー!さっきまで大丈夫って言ってたじゃーん!

というツッコミと

俺、サンダルなんですけど

という不満を飲み込んで、泥酔しているせいなのかそれとも半端なやる気しか無いのか、どちらにしてものろのろと歩きながら怠惰にストークする彼を置き去りにするように、夜の街を二人で走りました。 

 

異国の男と手を繋ぎ、長い髪とスカートをなびかせながら、心地よい温度と湿度の夜の台中を駆け抜けるアジアンビューティー。

 

彼女に焦点を合わせた場合、頑張ればロマンスを感じられなくもないですが、男側の絵面としては、諸外国で恥をさらすタイプの典型的なアラフォー日本人が、サンダルの鼻緒ずれに耐えながら汗だくで息を切らせている、というなかなか不快なものであり、僕自身もこの多少のプレッシャー込みの有酸素運動にまあまあの不快を感じていました。

 

とは言え逃げる最中、彼女に言われるまま飛び込むように入った「そごう台中店」で入店2秒後くらいに警備員に止められ、閉店のためにすぐにまた外に追い出されるというマヌケを味わい、やはり整った外見とは違った、彼女の“持っている”何かにメロウな香りを嗅いだりもします。

よって僕は身体的な苦痛とは裏腹に、魂の方では縁日ではしゃぐ子供のような興奮も覚えていたと認めざるを得ません。

 

そして何だかんだで男も撒いて、やっとホテルに辿り着きます。

部屋には既にセイジがいました。

 

すっかり忘れていたけど二次会はやはり行われなかったみたいで、近場で一人で食事をした後、特にすることも無く部屋でスマホをいじっていたみたいです。

人見知りのセイジらしく、知り合ったばかりのマモル君とは別行動だったそうですが、そのマモル君はまだ食事に行ったまま戻ってきていないとのことでした。

 

「というわけで汗もかいたことだし、今からみんなで部屋で飲むことになった」

 

これまでの経緯をセイジに雑に説明し、男がまだ近くを徘徊している恐れもあるので、念のため彼女を部屋に残したまま僕とセイジはコンビニに買い出しに行きました。

 

「いやあ、海外旅行って楽しいもんですねえ」

今回の台湾訪問が初めての海外旅行であるセイジが感慨深そうに言います。

 

「いや、勘違いするなよ。これはたぶんイレギュラーなケース。普通の海外旅行はもっと爽やかなものだと思う」

という返しに「さすがにそれくらい分かってますよ」とセイジは笑いながら答えました。

 

「しかし結局何だったんですかね、その男。ちょっと怖いですね」

「男もそうだけどこれってさ、そもそもがそういう女だからこそ変な男に付きまとわれてて、今回のことが別に珍しいことじゃない、って可能性があるじゃん」

「十分考えられますね」

「でも実はこういうの、ホントにこれが初めてのことで、たまたま今回その初めてが、自分が誘った男とのデートの最中に、間が悪く偶然起こってしまった、という可能性も無くはないじゃん」

「まあ、無くはないですねえ」

「でもどっちにしても、つまり普段からアバズレだったにしても、逆に引きの強さを持っているだけだったにしても、彼女、『当たり』だよな」

「『当たり』っすね」

 

買い出しの後は再び部屋に戻って、基本的には面倒を味わうことなく楽しく過ごしていましたが、しばらくしたところでセイジが「野暮はしたくない」という余計な気を利かせて「じゃあ俺、1、2時間ほどブラブラしてきますわ」と部屋から出ていってしましました。

 

ティーンズがやらかしていそうなアレコレを、まさかアラフォーにもなって自分が経験するとは想像すらしておらず、彼女の質問の「何でセイジ出てった?」と「どれくらい戻ってこない?」の質問からは警戒心も、逆にそこそこのやる気も感じられ、僕はまんま思春期の少年のように手際悪く戸惑っていました。

 

そしてその戸惑っている間に「1、2時間」と言ったセイジがものの20分ほどでマモル君と一緒に戻ってくるという、見事なスカシを喰らって事なきを得ます。

 

「いやあ、1、2時間はちょっと長すぎて。もういいかな、と」

とセイジは言っていましたが、彼から聞いた話と僕の知る彼の性格から推測すると、「ブラブラする」と言ったセイジはいじらしくも結局ロビーで時間を潰していたらしく、そこで外出から戻ってきたマモル君を見つけ、おそらくは人見知りで律儀な彼は、マモル君には不躾な要求が出来なかったのでしょう、一緒にエレベーターを上がって部屋に戻ってきた、という経緯ではないかと思われます。

 

「いやあ、シンさんも隅に置けないですねえ」

こちらは社交的で物怖じしない、マモル君の言葉であります。

 

とにもかくにもこの後は4人で仲良く酒盛りをするのですが、すっかり我が物顔でくつろぎ始めた彼女にはエアコンの占有権まで奪われてしまい、寒いと訴える我々男性陣の要求を一考の隙も無く却下して限界まで温度を下げ、我々の肉体的不快感に相反するように彼女は上機嫌になっていきました。

 

そして一応、件の男のこともあるし、今日は家に帰ってくれないんだろうな、という覚悟はしていましたが、お開きの後はやはり僕のシングルベッドをシェアすることになりました。

 

手慣れた今時の若者の間では「ソフレ」という言葉があるくらいですから、美女と添い寝をすることなど何の微熱すらも起こり得ない日常なのかもしれませんが、バリバリの氷河期世代である我々アラフォー世代にとっては、美人がオッパイくっつけて自分の隣で寝ている、しかし何もできない、という状況は一種の試練というか苦行に似たものがあり、彼女から離れるようにこっそり背を向ける、それを彼女が追う、という逆スプーン状態のイタチごっこはそのまま陣取り合戦における我が軍の劣勢へと導き、朝起きた時にはベッドの崖っぷちでギリギリ持ちこたえたまま、掛布団に至っては完全敗北を喫していました。

もちろんエアコンは点けっぱなしです。

 

起床後に鼻水をすすりながらエアコンを止めた後はせめてもの負け惜しみで、部屋の窓を全開にして湿度と温度の高い外気を取り入れましたが、それも彼女が気付いて起きるまでの間のささやかな反逆です。

 

こんな感じで、台湾滞在の事実上の最終日を迎えました。

 

元々この日はセイジが「リーユエタン」という湖に行きたいと言っており、同じ場所に観光予定だったタツヤ夫婦及び両家族とのすり合わせをどうしようか、と話していましたが、何せ段取りが悪いというだけでなく、言葉の通じにくい国で義父母に気を遣いながら奥さんの実家に滞在している、色々と大変なタツヤのことですから、彼任せのこのスケジュールは行先以外まだ何も決まっていない状態でした。

 

タツヤが寝泊まりしている奥さんの実家というのが、我々の滞在先のホテルから徒歩一分のところにあり、お互い何度か行き来していたのですが、この日の朝もその相談のために予告なく夫婦で僕らの部屋に訪れ、こちらの状況を把握したタツヤは学友のマモル君と同じような表情と反応で「もう、シンさんたら―」とニヤつきました。

イラッとします。

 

旅程に関しては、その日の午後の便で帰国するマモル君は朝から別行動になり、新婚夫婦とその家族に気を遣わせたくない「我々」は、行先は同じであるものの彼らとは別行動ということになりました。

 

そしてこの「我々」には本人の要望により、例の彼女も含まれていました。

こちらとしてもアシとガイドの確保は有り難い限りなので彼女の好意を無下には出来ません。

 

前夜の気遣い同様、またセイジが「俺も別行動にしましょうか?」と要らぬことを言ってきましたが、出会ってまだ24時間も経っていないこの女性の並々ならぬ積極性に戸惑いを覚えていた僕は「いや、頼むから付いてきてくれ」と懇願しました。

つまり僕はちょっとビビっていたのであります。

 

セイジをホテルに残したまま、車を取りに行くためにいったん彼女の自宅に戻るのを、彼女の要望で付いていくことになるのですが、向かうバスの中で彼女のマンションの部屋が完済の3LDKであることを聞き、ロビーで待たされているときにプールとコンシェルジュが付いているということを知り、彼女自身は「台湾は物価が安いから」という旨のことを言って謙遜していましたが、正直その財力に少し驚きました。

 

ちなみに部屋ではなくロビーで待たされたのは、前夜の来訪を断った理由と同じく

「汚いから」

であります。

何か隠し事でもあるのかしら。夢が広がります。

 

なんて悠長なことを思っていられたのもここまでで、車に乗り、ホテルでセイジをピックアップした後は、完全に彼女の独壇場になりました。

 

「ハンドルを握ると人が変わる」というセリフは主に男性に対してのネガティブな表現かと思っていましたが、ここ台湾では女性でも、なのかあるいは彼女個人の問題なのか、ぜひとも後者と思いたいところですが、いずれにしても前夜からユニークだった彼女の個性に敵意や憎悪といったものがプラスされ、東京のタクシーよりも強引で危ない割り込みを繰り返し、逆に比較的余裕があっても他の車が入り込んだ時にはクラクションとともに舌打ちを繰り返し、中国語なのでよく分かりませんがおそらくは「F**k!」的な暴言を繰り返し、そして蛇行を繰り返し、迷子を繰り返し、悪態を繰り返し、我々男性陣の不安と緊張感を蓄積させていました。

「人が変わる」というよりは「特徴が強調される」といった感じです。

 

そして当然ながら残念なことに、彼女の車での彼女の運転中は、中国語も分からなければ土地勘も無い我々にとっては完全アウェイ状態だったため、彼女のみが我々の頼みの綱であり、それ故にちょっとした軟禁状態をも感じていた僕とセイジは、彼女の機嫌を取ることに全力を注ぎます。

 

もちろんこの間、彼女は昨日の車中での同じ態度の「私の車で私の運転、あなたラッキー」を何度もリピートしています。

お金で解決できるならぜひともそうしたいところでしたが、例えば「せめてガソリン代だけでも」の提案はきれいに撥ねつけられ、過去に10回以上来日しているという親日家の彼女の、来たるべき次の来日時での世話を約束されました。

もちろん、断るという選択肢はありません。

 

ちなみに後からタツヤに聞いた話によると、一方そのころ彼らの車中では

「シンさんが彼女と上手くいって結婚して、今度は俺たちがその結婚式に出席しに台湾に来ちゃったりして」

などというハゲた会話が繰り広げられていたそうです。

のん気なものです。

 

とにもかくにも実際の我々は彼女の一挙手一投足に集中し、途中「俺たち、ちゃんと日本に帰れるんすかね」というセイジのセリフも飛び出し、かようにしてリーユエタンの景色はあまり印象に残らず、スリルを主体としたそれなりの充実感、あるいは疲労感を持って日帰り旅行から引き上げることになるのですが、ホテルに戻ると、更なるざわつきが待っていました。

 

(つづく)

 

 

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