DubLog

     

憧れのひと

f:id:xmcataguele:20160718185113j:plain

 

こいと朝日とキャッチボール - DubLog

でも好きでもない人にモテても意味が無いじゃないですか - DubLog

愛すべきアバズレたち - DubLog

魅惑のアジアンビューティー - DubLog

 

友人の再婚報告に対する子どものような負け惜しみから始まったモテ自慢も、これで最後になります。

 

過去に紹介した話のいずれも結ばれない結果に落ち着いた実績に鑑みると、果たしてあれらを「モテ時」と呼んでいいものか疑わしくもなるし、「好きでもない人にモテても意味がない」発言のややカマトトに対する八つ当たり、という大志にいたってはもう既にどこかへ消え失せてしまった感があります。

 

今回は僕が生まれて初めて逆ナンをされた時の話です。

どうせ見え透いているので白状しますが、結末は結ばれません。

というよりそれ以前の問題、のような話です。

 

26歳の時、自分を解雇したペルー人の元監督との偶然の再会を果たした後(事実は小説より - DubLog)、その足で、知人に紹介されたキャバクラのママに会いに行きました。

そのキャバクラの経営者でもあった彼女は、女のコを扱う仕事にフラストレーションを感じていて、現在の店をたたんでから新たにスポーツバーのようなものを始めたいと言っていました。

そしてそのバーの立ち上げに関する企画と営業と運営全般、開店後の落ち着くまでの期間のマネージャー業務をお願いされて、僕は彼女と働くことになりました。

 

物件を探したり下見をしたり、人事の仕事をしたりするのは昼間の数時間で住むので、夜はまだ営業中のキャバクラのボーイ仕事を手伝うことになりました。

ちなみに例の姉妹と知り合ったのがこのキャバクラです。

 

そしてもう一つ、そもそも企画と運営だけでなく夜の商売自体が初心者の僕に何故無謀にもそんな大役を任せたのか未だに疑問ですが、やはりオーナー自身も心配していたらしく、「お酒の作り方くらい覚えないとね」とのことで

「じゃあシンさん、新規のバーが完全に立ち上がるまで、誰か知り合いのバー経営者を探して毎日そこで少しずつカクテルの作り方なんか勉強をしてきてください。で、それが終わったらそのまま毎晩うちの店(キャバクラ)にきてボーイとして働いてください。」

と言われました。

 

夜の店に知り合いなんかビタ1人としていない、完全未経験の人間に対するなかなかの無茶ブリに、ツッコみたい衝動が激しく湧きましたが、それをグッと抑えて、ほそーいツテをたどり、最終的にはとあるパブの開店前の時間に、彼女の言いつけ通り、図々しくもお酒を作る練習をさせてもらうことに成功しました。

 

そこは飲食店で賑わう参道に面した老舗のパブだったのですが、そこの非常に面倒見のいいオーナーが、そのお店での「修行」初日が終わった後、

「ここのすぐ近くにこの街で一番美味しいお酒を出すバーがあるんだけど、ここでの練習が終わった後、キャバクラに行く前に毎日そこに客として行ってそこでカクテルを一杯注文しなさい。大人向けの店だから値は少々張るけど先行投資だと思って」

と僕に言いました。

 

オーナーはパブと同時に、こちらも代々続いてる商売ですが、氷屋を経営しており、得意先との付き合い柄、得意先ということは製氷機やコンビニの氷ではなく職人の氷を扱っているということですから、それなりに適切なお店をいくつも知っており、その中でも一番と評価したお店でした。

 

その後にキャバクラでのボーイ仕事が待っているのであまり長居は出来なかったのですが、面倒なのでママには報告せず、その日から言われた通り毎晩のようにそのバーに通うようになりました。

 

そこは10坪ほどの狭いスペースの、カウンター以外は2人掛けの小さなテーブルが2つあるだけの小ぢんまりとしたバーで、初老のマスターが一人でお酒を作っているお店でした。

世間知らずな僕は初日の段階で自分の素性と経緯を明かし、しかし逆にその正直さをマスターに気に入ってもらい、職場には秘密のひと時を打ち解けた雰囲気で毎晩楽しむようになるのですが、そのバーに通うようになってから割と早い段階で、僕はある淑女と出会います。

 

L字型のカウンターの、出入口に近いところに大抵僕は腰を下ろすのですが、僕の席から対角線上に離れたカウンターの端で、その女性は1人でウィスキーを飲んでいました。

まだ開店直後の早い時間で、僕が入店した時には彼女が唯一の客でした。

 

歳の頃はおそらく60前後。

おそらくは自分の母親より年上。

 

黒いドレスを着飾った彼女はスツールの上で背すじをしゃんと伸ばして、しかしその様子には柔軟性がありバネがあり、会話中に時折マスターに微笑みかける表情に、若いコではまとえない上品さとか慎みとかいったものを感じさせ、当時20代半ばの粋がりたい盛りの僕は

「女は年を取れば取るほどいい女になる」

とよく吹いていたのですが、この女性の美麗さや優雅さなどの人としての美しさ、言い換えれば外見美だけでなく言動美とか存在美とかを感じながら

「俺もいつかこんな女性の隣が似合うような男になりたいなあ」

などとぼんやり妄想していました。

 

その店内で最も遠い位置に着いた二人であったにもかかわらず、さすがはお酒のことのみならず客の扱いも達者なマスター、彼女の話を対角にいる僕に上手に振ったりして、僕らの距離を縮めてくれます。

そしてマスターを介さず直で受け答えをするようにもなり、物理的な距離も縮めようと、彼女が僕の隣に移動してきてくれました。

 

そしてそこでの会話で彼女の年齢はやはり我が母親よりも上であることと、彼女の子供もみんな僕より年上であること、長年連れ添った夫とは別居中であること、そして彼女の自宅が僕の家の近所であることを知りました。

 

「じゃあシンさん、今度私のウチに遊びにいらっしゃいよ」

 

そう言って、その当時の飲み会などでの相手の連絡先の聞き出しは「メアド教えて」と携帯電話を取り出すのが主であったのにもかかわらず、彼女は鞄の中から手帳を取り出してページを一枚破り、達筆な字で自分の名前と住所と固定電話の番号を書いて僕に渡しました。

 

頼まれて同じように僕も自分の名前とケータイの番号を書くのですが、姿勢も振る舞いも言葉づかいも筆跡も美しい淑女の前で、僕の字はひどく乱筆でとても恥ずかしい気持ちになったことを覚えています。

 

それ以来よく彼女から電話がかかるようになり、仕事が休みだった平日の昼間に、自宅から徒歩一分の距離の、公団住宅の一室を買い上げて自分の好きなように内装を完全リフォームしたという彼女の家に訪れました。

 

関西だったか中部地方出身の彼女は、お父さんがF1関係者で裕福な家庭で育ったらしく、少なくとも花よりも実を取った「公団住宅の内装リフォーム」に成金趣味のケバケバしさとは対極にある大人の品を感じ、そこに同時に彼女らしさも感じました。

 

部屋では、訪れた時間が昼過ぎだったのにもかかわらず酒を勧められて、彼女の手作りの、そして絶品の料理でもてなされます。

 

湯むきにしたトマトから種を取り除き、それを角切りにしたものをオリーブオイルと塩だけであえ、チコリに乗せて食べるという、何だかその調理法を彼女から聞いただけで若造の僕が舞い上がってしまうような、アバンギャルドな印象の肴もありました。

 

何せこれから飲食店を経営するという26歳の僕は、恥ずかしながらその時初めてチコリという食材の存在を知ったくらいです。

 

その後、充分に腹を満たして場所を移すのですが、行った先が一つのレストランに二つのバー、とハシゴする所はことごとく飲食店で、容赦なく料理を勧める彼女に「もうお腹いっぱいです」と断るたびに

「それにしてもシンさんって小食ねえ」

と口癖のように呟かれていました。

大人3人前以上は余裕で食べていたのに。

 

最後に寄ったのは、夜も深まった全日空ホテルのバーで、窓際の席から見える成田空港内の夜のランプ(本来の専門用語から多少意味が変化して、空港職員の間では滑走路や誘導路や駐機場などの一般人が入れない外の敷地全体のことを指していた)がきれいにイルミネイトされていて、そこから飛び立つジェット機たちを二人でロマンチックに眺めながらバーボンを飲んでいたのですが、その空港の風景を眺めながら、僕は20歳からの2年間、空港で働いていた時に出会ったあるプレイボーイの言葉を思い出していました。

 

彼はある航空会社の職員で当時の僕の倍以上の年齢だったのですが、その下請けの仕事をしていた僕をえらく気に入ってくれて、仕事中だというのにしょっちゅう僕をランプ内のドライブに連れていってくれました。

詳しい事情を聞いたことはありませんが、子どもをつくらず美人の奥さんと二人で暮らしている彼は浮気癖がひどく、新入社員の女のコに手を出してしまうなんてこともしばしばありました。

 

大した人生経験も女性経験もあるわけでなかった当時の僕はイキがりたい盛りで、大人の魅力と言うものをほとんど理解も尊敬もしていないくせに、彼の武勇伝をさもわかっているかのように自分の貧弱な経験と哲学に当てはめて頷いて、背伸びしていたのを覚えています。

 

話の流れで20代前半と40代半ばの男が普通にセックス話などのボーイズトークで盛り上がったりもしていましたが、一度、女性を喜ばせるテクニックについて彼に尋ねたことがあり、その時彼は

「シンちゃん。セックスは技術じゃないよ。大事なのは愛だよ」

と答えていました。

 

「愛」という言葉をまだまだこっ恥ずかしく感じる年齢だったのでてっきりそれがシュールな洒落の言い回しだと思って

「そうですよね。ムードとか大切ですよね」

という場違い的な知ったか発言をすると

「いや。ムードじゃないんだよ。愛なんだよ」

と真顔で返されました。

 

どういう反応が正解なのか分からなかったので「ああなるほど、愛ですかー」と曖昧に頷いておいたけど、間違いなく僕の幼さを見抜かれていたことだと思います。

逆に僕がアラサーくらいの年齢になり、彼の言っていたことが何となく分かったつもりになった時、若者たちにこれをしたり顔で語るようになるのですが、やはりあの時の僕と同じように「ムード」という言葉で理解しようとする者には、気持ちの上で「この童貞め」と、ある意味憧れと羨みを持って接してしまいました。

 

とは言えこの感覚を分かった気になるのはもうちょっと先の話で、再び彼女の家に戻った僕は、何度も「もう結構です」と断ったのにもかかわらず出されたデザートを口に入れながら

「この後、誘われたらどうしよう」

と、愛とかムードとか関係無しのアホなことを、しかし真剣に妄想してしまいました。

たぶん時代のせいです。

 

親子以上に年が離れているとはいえ夜の密室に男女が二人きり。

万が一誘われた場合、断ったらやっぱり失礼になるんだろうか。

断らなかったとしても俺の肉体的な反射や反応の不十分さにより、つまりこちら側の身体能力や適性の欠如により「不成立」に終わってしまうのではないか。

「不成立」の場合、もっと失礼になるんじゃないか。

 

などととても26歳とは思えないような気違いじみたことを考えていましたが、もちろんそんな局面が訪れるわけはなく、淑女な彼女は僕を玄関まで優しく見送ってくれました。

 

「また遊ぼうね」って。

かわいかった。

 

これでも自分の中ではまあまあ美しい部類に入る思い出だったのですが、残念ながらこれには要らない続きがあります。

 

後にキャバクラのママが、新規バーの場所も人材も決まった後に手を引き(後に取引先の広告代理店の人に聞いたところによると、ママのこの行動は業界内では有名だったらしい)、長くなるので詳細は避けますが、立ち上げ時だけでなく僕がずっとマネージャーをやること、という条件で一応新たなオーナーも見つかり、開店に向け頑張って準備をしていたのですが、今度は厨房スタッフが事情により足りなくなりました。

 

そして「誰でもいいから料理を作れる知り合いを」というママゴトのような発想で、今度は僕が彼女のいくつかの条件を飲んで、うちのスタッフとして働いてもらうことになります。

 

これがいけなかった。

 

もともと年齢的に深夜の仕事は体に応えると思い、彼女にはいつもみんなより早めに仕事を切り上げてもらっていたのですが、仕事の後、彼女は朝方までやっているうちのバーにそのまま客としてカウンターに座り続けました。

 

彼女はとにかく酒が強く、しっかり味わいたいがためにウィスキーを水割りやロックでなくストレートで飲むのは当たり前のことで、我々若者は罰ゲームでしか飲んだことのないイッキ必至のスピリタスも、ゆっくりと味わいながら「これ、おいしくない」としっかり感想を言うくらいの酒豪でした。

 

そんな、強いんだけども歳を考えない突き抜けた飲み方をするものだから、そのままカウンターで寝てしまって仕事中の僕らに迷惑をかけたりするなんてことはしょっちゅうだったのですが、そんなことよりも酔っ払うと必ず口走る口癖が彼女にはありました。

 

それは

「今私、セックスフレンド探しているんだけど、誰かいい人いない?」

というものでした。

 

彼女に対する憧れとか愛おしさみたいな想いはすっ飛びました。

 

「シンさん、私とどう?」

と微笑みながらたたみ掛けることもしばしばだったので、その時は

「いいから早く帰れよババア」

と微笑み返しで不躾に毒づいてあげました。

 

彼女に限ったことではないのですが、このようにして僕の多くの知人は必ず底力を発揮します。

そこにはクリーンなストーリーでまとめさせない為の、逆につじつま合わせのような意地すら感じます。

 

自分の身の程というものはとっくにわきまえてはいるので、むしろ彼女たちには感心していますが、とにもかくにも自分から言い寄ってくる女性というのはその時点で多少なりともレアな性格の持ち主であることを計算すると、最終的にはスマートな結実には至らない可能性が高い、ということを僕自身がいい加減学習すべきなのかもしれません。

 

 

広告を非表示にする