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現代人はダイエットにとらわれすぎか

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先月ロンドンからダブリンに戻ったときは学生ビザで入国しました。

この次にやらなくてはいけないことは外国人登録ですが、その申請のために必要な銀行口座の開設を丸2週間さぼりました。

最近ダラけ気味です。

 

学生ビザなので学校に通う必要もあり、一番料金の低い語学学校を選びましたが、90%以上の出席率を求められているにもかかわらず、先週さっそくさぼりました。

最近ダラけ気味です。

 

その語学学校で先日、肥満をトピックにした授業がありました。

 

現代人はダイエットにとらわれすぎか?

どこの国が最も肥満率が高いか?

というものです。

 

3人グループでこれらについて話し合ったのですが、二つ目の質問に対して僕以外の2人はアメリカと答えました。

理由としては「そりゃあ、あれだけジャンクフードに囲まれていれば」というものです。

 

太りやすい原因に、摂取する飲食物そのものとそれを身近に置いた環境の二つを主に挙げがちです。

後は体質や個人の意思といったところでしょうか。

 

僕の考えとしては国民性というものがこれらに加わります。

環境に近いもののように聞こえますが、むしろ「個人の意思」と同じところにカテゴライズされる「全体の意思」のようなものでしょうか。

そしてこの国民性というものは主に気候が形成していると主張しました。

 

特筆するほどでもない程度の読書好きであった僕は、読書に打ち込める環境下にあった20年前のブラジル時代、ドストエフスキーを始めとするロシア文学にハマったことがあります。

ロシア文学以外ではカミュやゲーテ、ヘミングウェイといった、まあまあ古いものからかなり古いものまで、いわゆる文豪と呼ばれている作家の著書を多く読みました。

 

情報発信力の違いはあるでしょうが、特筆するほどでないにしても一応読書好きであった僕が、インターネットを活用していない時代、それら文豪の中に、中南米やアフリカ、南アジアのように暖かい国で活動していた作家の存在を見つけなかったことを考えると、哲学的で物事をよく考える(あるいは考えすぎる)人間というのは主に寒い場所に生息するのでは、という感想を持ちました。

 

暖かい寒いの線引きは、思い切り個人的なものですが、”一年の大半を半袖で過ごせるかどうか”というものです。

これに照らすとTOKYOも残念ながら寒い場所になります。

 

文学以上に不勉強な分野ですが、例えば芸術や軍事力や先ほどの情報発信力(≒宣伝力)に優れている国、単純に国力的に超大国や大国とみなされている国も、国土が広い国もあるので一概に平均値は出しづらいですが、下手したら日本が一番暖かいのではないかと思うくらい、寒い場所に偏っています。

 

僕は事あるごとに自然体な生き方を支持している人間ですが、これらを考慮すると、おそらく中南米のような国では家の外に出て暖かい/暑い空気に触れるだけである程度心が満たされ、人間が生きていくうえで必要な衣食住と少しの娯楽やユーモア、お酒と音楽があれば他は要らない、という人生の付加価値を抑えた、いい意味で動物により近いシンプルな姿勢に落ち着くのではないでしょうか。

 

逆に言えば冷たい空気によく触れる人たちは、森羅万象において寂しい感想や悲しい評価を持ちがちになり、あるいは屋内にこもるせいで塞ぎがちになり、不条理や虚無感を回避するために生きていくうえでの正義や美意識や暴力や誇り、または人間としての機能美や外見美といったものを熟考しやすくなるのではないでしょうか。

 

えらく南国よりのえこ贔屓な意見になりましたが、自然体に憧れている以外の理由としては、僕自身がそんじょそこらのOLよりもよっぽど冷え性で、僕以上の寒がりに出会ったことが無いくらいの超寒がりだからであります。

 

僕のグループ内のパートナーはロシア人とアルゼンチン人、ともにそれほど暑くない、ロシアに関しては寒い国だったので、国民性の批判にならないように気をつけながら

「ほら、オセアニアの人たちって陽気で楽観的ですごく太ってるじゃん」

と、ダブリンでの知り合いにオセアニア人が一人もいないことをいいことに不躾にまとめました。

 

しかし僕の回答は「意外と中国」。

理由は「一人っ子政策のために増えた一人っ子が甘やかされて育てられて太っちゃったから」と、ロンドンで知り合った、ともにアーセナルファンでよく二人でペアルックのユニフォームを着ていつもニコニコしていた、中国人ぽっちゃり一人っ子カップルに思いを馳せながら答えました。

やはり不躾です。

 

結局正解はフィジー。

女性は太っているほど美しいとされているとのことでした。

 

美しいとされているからストレスなく好きなだけ食べるのか、人目を気にせず好きなものを好きなだけ食べるその振る舞いを良しとした国民性が多くのデブ専とデブを作ったのか、鶏と卵のどちらが先かは分かりませんが、人生における不変の正義、健康面という観点で見た場合、これだけでは評価はしづらいですが少なくとも平均寿命は、主に日本食を食べ、肥満を良しとしていない国、日本を大きく下回ります。

 

これを考慮すると、やはり節制した健康的な食生活をしようという考えもチラつきますが、逆に極端な長生きというのは人間という生物として不自然なことであって、僕のように、今後どんどん伸びるであろう人間の寿命と我が長生きの家系を考慮した漠然とした人生プランを120歳くらいから逆算するのは、実は自然と相反した、僕自身の嫌いな”野暮“ではないか、という考えも浮かびます。

 

となると、そんじょそこらのOLよりもよっぼどスウィーツ菓子に詳しく、僕以上の甘党に出会ったことが無いくらいの超甘党である僕は、魅力的なお菓子生活に手が伸びかけますが、舌と体質はまた別物、大体5日連続くらいでチョコレートを食べると口内炎を始めとする変な出来物ができることを省みて、結局元の鞘に収まり、健康的な長生き生活を余儀なくされます。

 

結局「体が何を欲しているのか教えてくれる」という口周りのサインは、授業での一つ目の質問、「現代人はダイエットにとらわれすぎか?」に対して

「イエス、好きなものを好きなだけ食べたらいいのに。ただし体に耳を傾けながら」

という論理的で有効的な、しかし私的な答えを導きそうです。

 

が、

「だったら舌もそれに合わせてくれよ」

という、こちらは私的だけの恨み節に侵されながらそれでも、結局最近ハマっているチョコキャラメルバーをスーパーで買ってから帰宅しました。

 

最後に、口うるさくて心配性でわがままで偏屈で元気で、離婚した宮崎の祖父に対する悪口で僕と一緒に盛り上がるのが大好きな、90歳近い祖母が僕にはいますが、その祖母が「絶対にどこか悪い」ということで医者か生命保険の担当者か何かに特別な機械で内臓の状態を調べてもらったことがありました。

 

詳細は覚えていませんが、自宅で行ったその簡易な検査により数値化された結果は「非常に健康」というものでした。

あるあるです。

 

ただ、その時たまたま実家に訪れていた姉もついでに診てもらったのですが、中学時代から健康食マニアで、本来この上なく喜ぶはずのシチュエーション「娘が父に料理を作る」ことを父本人が「不味いから」と嫌がるくらい、全ての料理が薄味&少量のミセス神経質、あるいはミセス堅物の、本当に我が姉かと疑うような性格の彼女の数値は非常に悪かったらしいです。

姉に恨みはないけれど、それを聞いて僕は馬鹿笑いをしてしまいました。

一貫して不躾です。

 

あー、チョコバーおいし。

幸せ。

 

 

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