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DubLog

     

嘘をそろえる

マナー 国際問題 語学学校

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今回は前回の話に少し通ずるところがあるかもしれません。(下手なデートのしかた - DubLog

  

僕は長い指導生活の中で、運動能力の方ではなく、物事に取り組む姿勢であったり心構えであったり、大きく言えば性格を変えたい、という教え子が現れたとき、彼らには習慣を変えるように促してきました。

 

例えばチームや自分自身に対してネガティブな行動を取ってしまい、それを本人も自覚している、という相手と「今後の話」をするとき、多くの若者は代表的な「論理欠如、思考停止ワード」の「モチベーション」という言葉などを使って、以降の言動を約束したりします。

 

「これからはモチベーションを高く持って」

とか

「意識を高く持って」

とかいうやつです。

 

モチベーションを高い低いで形容している時点で既に物事の本質を捉えていないズレを感じますが、そう言う相手に対しては常に「それではおまえはおまえが望む人間に100%なれない」という前置きに続いて、習慣の変更を促してきました。

 

例えば一見それが本題とはあまり関係ないようなことに見えても、自分が出来そうな何か、例えば日常の一善を自分の中でルール化する。

それが最初はぎこちなくても習慣化するまで28日間(人によってこの日数の主張は異なる)続ける。

そしてそれが習慣になる。

 

これさえできれば、確実に良い方に転ぶかはまた別としても、少なくとも人間性に変化が見えてくるよ、という話です。

 

「自らも精進すること」が良き指導者の条件であることを受け入れて、僕自身も行き詰ったときには習慣の変更や習慣の戻しを何度か繰り返してきました。

 

以前、ロルフィングについて触れたことがありましたが、歩き方や呼吸方法や身体意識を変えるという行為は、健康面での改善が顕著に表れやすい、習慣の変化を代表する一例です。(なしなしのあるある - DubLog

 

思えば僕は中学時代、体の成長にとっては最も大事な時期に、てん足のように普段からきつめの靴を履き続けたことがあり、それが原因なのか、今現在の普段用の靴は25㎝、スパイクに関してはそこから更にマイナス1cmという小さな足を持っています。

 

当時憧れていたマラドーナが自身の著書で「足が小さい方がサッカーには有利」という、自分の足の小ささを美化するような、さすがは暴君でありキ〇ガイであり薬中でありアホである彼らしい、ハゲたことをヌかしたせいで、非常に素直だった僕がそれを鵜呑みにして行動に移してしまったが故かもしれない結果であります。

 

これ以外にも健康目的のエクササイズの種目を変えたり、戻したり、と身体に関する習慣化はいろいろと試してきましたが、もちろん他者に対する挙動、振る舞い、言動に繋がる性格面での変化も習慣化によって試みてきました。

 

いきなり下ネタですが、例えば性行為における雄の射精の後、雄が雌に急に興味が無くなったかのように離れて一人で居たがるのは、学術的にはきちんと説明できる論理にかなった態度及び行動様式である、という、内容の一切を忘れているくせにいつか何かで読んだのか、その結論と主張を覚えています。

 

この手の話題は一度でも異性とまともな付き合いをしたことがある人は必ず通った類のものであるかと思いますが、生物学的な自然の反応に沿って、男が男たる態度を貫くためには、性行為後に女から離れることが、そして女はそれを理解してやることが大切だ、という多くの意見があることを僕は重々承知しています。

 

しかし男の風上にも置けないような僕は女性受けを重視、事を終えた後からこそが本番よろしく、例えるなら真冬の朝の寝起きしなに布団を引っ剥がして外に飛び出し、歯を食いしばりながら真っパで乾布摩擦をするような気骨と気概で、事後の処理を女性の望む男性像を演じることで男女間の軋轢を回避してきました。

 

しかしこの“歯を食いしばる”ような努力も最初の数回のみ、習慣とは不思議なもので、生物学的には正しくない雄の行動も慣れてくるうちに特に嫌なものではなくなってきました。

ひょっとしたら精神的にはある意味オカマになってしまったのかもしれません。

 

そもそもが非モテから始まった自分史ですから、凛々しい東アジア男児のような「ついてこい」スタイルは僕には不向きで、ひたすら謙譲的に媚びへつらう欧米スタイルが僕には合っているのかもしれません。

 

遡れば5歳児の頃の「接待スカートめくり」で心が汚れて以来(「振り返り」が教える、期待していなかった自分らしさ - DubLog)、自分の気持ちに正直でいることよりも女性を喜ばせることを優先させてきたわけですが、例えば女性に「いくつに見える?」のよくある年齢当てクイズを問われた時も、女性を喜ばせるための習慣というかルールに近いものを僕は持っています。

 

多くの男性が実践していることと思われますが、それは

「思った年齢より5歳から10歳程度若く答える」

というものです。

 

バーをオープンする前、僕は横のつながりで一人のキャバ嬢と知り合いになりました。

この後に例の姉妹(こいと朝日とキャッチボール - DubLog)や淑女との出会い(憧れのひと - DubLog)を経て、最終的にはお付き合いをすることになる女性です。

ちなみに不法入国のスリランカ人の一件の彼女と同一人物であります。(自然、この上なく不便で堂々としたもの 2 - DubLog

 

彼女と初めて会ったのは彼女が働くキャバクラでのことで、とりあえずの挨拶の中で彼女に聞かれて、僕は自分の年齢を答えました。

そして彼女の年齢を例のクイズ形式で問われたので、5歳くらい年上に見えた彼女に「んー、俺と同い年」と、喜ばせようと思って答えたのですが、そっけなく「正解」と返されてしまいました。

危ない危ない。

 

以降、見えた年齢によっては、サバ読む年齢差は5歳にとどまらず、場合によっては10歳以上若い年齢を答える、なんてこともありましたが、この「いくつに見える?」は何も日本人特有の文化ではなく、ここダブリンに集う世界中の女子たちの間でも同じような質問がくり広げられています。

 

先日、語学学校の授業中でもそんな話題になりました。

うちの授業スタイルは4人一組で机を合わせてグループ形式でトピックを進めていくのですが、僕以外はスペイン人、アルゼンチン人、ベラルーシ人の、3人の女子が同じグループの席に着きました。

 

大体真面目に授業を受けるのは最初の数分だけのことで、以降は関係ない話が弾んだりするのですが、その時にアルヘンティーナが「いくつに見える?」と僕に聞いてきたのをきっかけに全員分の年齢当てクイズをしました。

 

ちなみにこの一連のやり取りを鬱陶しがって嫌う日本人男性は多くいることだと思いますが、僕はそもそもなぞなぞとかクイズとか言ったものが好きなので、全然苦になりません。

思った年齢から引き算をしてあげればいいだけです。

 

アルゼンチン人は33くらいに見えたので「23か24」

スペイン人も33くらいに見えたので「23か24」

ベラルーシ人は40くらいに見えたので「30か31」

と答えました。

 

ところで話はガラッと変わりますが、僕は自分で自分のことを、秘密を守るのに適している人間だと思っています。

ひょっとしたら指導者という立場みたいなものが関係しているのかもしれません。

 

どれくらい口が堅いかというと、「私が喋ったこと、誰にも言わないで」と、ある人物(以下、A)に口止めされた案件に対して「誰にも言わない」のは当然なのですが、例えば後日、僕のいる場所でAが第三者(以下、B)に対して、僕にした時と同じようにその秘密の告白をし、その後で「実はシンにはもう話してたんだけどね」という暴露をした場合、これに対しても「え、今知った。初耳」とシラを切りとおすくらいの口の堅さであります。

 

A目線で考えた時、Bがその案件に対して以前から興味を持っていて、3人そろった場所での告白以前にBが僕に対して探りを入れている、ということと、それに対して僕がBに対して「何も知らない。聞いていない」と嘘をついている、というここまでのことは本来Aにとっては簡単に想像ができるものであり、僕がその場に居ようが居まいが、Aの「実はシンには話してた」は非常に思慮の欠けた、口の軽い裏切り行為であります。

 

仮にこのBからの探りが無かったとしても、「シンには話してた」という事実から、一人だけ蔑ろにされている感をBが抱いてしまう可能性もあり、思いやりに欠ける行為でもあります。

場合によっては3人のバランスを乱すかもしれません。

 

それ故の「え、今知った。初耳」であり、勘のいい者はこれでこちらの意図を汲んでくれるのですが、残念ながら僕の知人はアホ率が高いので

「えー!この前、言ったじゃん!」

「もうあの時は酔ってたから覚えてない」

「何言ってんの?カフェで話したんだよ」

「ボーっとしてて聞いてなかった」

「はあ?何でそんな嘘つくの?」

という感じで不毛なやり取りを、アホほどしつこいもので延々とやり続け、最終的にはBのいる前で洗いざらいぶちまけて説教をすることになります。

 

「私が喋ったこと、誰にも言わないで」とお願いしたからにはおまえも最後まで「俺に言ったこと、誰にも言うな」であります。

 

つまり複数に枝分かれをする可能性のある嘘はきちんとそろえなくてはいけないということです。

 

この手のマナー違反というかルール違反みたいなものは、他者とのすり合わせ不足という怠惰なコミュニケーションが起因したものでありますが、さて、3人のクラスメートの女子の「いくつに見える?」の際、僕は僕個人の気配り不足のみによってこの3人のバランスに揺らぎを入れてしまった、というか、一人を傷つけてしまいました。

 

先ほどの答えですが、

33くらいに見えたので「23か24」と答えたアルゼンチン人の実年齢は31歳でした。

同じく33くらいに見えたので「23か24」と答えたスペイン人も31歳でした。

40くらいに見えたので「30か31」と答えたベラルーシ人も、しかし31歳でした。

 

「わー、私たち、みんな同い年!」

とはしゃぐスペイン人とアルゼンチン人に混ざって、しかし何とも苦い笑みを浮かべていたベラルーシ人の表情を、僕は見逃しませんでした。

 

うわー、やっちまったー。いや、正解なんだけどなあ。31、正解ではあるんだけどなあ。

 

レスポンスが複数ある場合、たかだか推測した年齢の差が7つ程度なら、きちんと嘘をそろえた方がいいということを学んだ出来事であります。

 

ただあまりに若い年齢を答えすぎるのも「馬鹿にしている」と思われたりしないかなあ、と相変わらず小心者の僕は危惧もしています。

 

結局正解は分かりませんが、なるほど、こういうのが面倒だからみんなこのクイズが嫌いなんでしょうか。